スリランカで仕事。体質が変わった話

2021.01.28

今回はスリランカで焼き鳥を焼いていた頃の話をしてみようと思います。

スリランカという日本の恩人

スリランカ民主社会主義共和国はみなさんご存知のインド亜大陸の先端にある大きな島です。紅茶と宝石の島、サーフィンの聖地、仏教の源、ハイクラスリゾートの開発著しいリゾートアイランド。そんなイメージでしょうか。
実はスリランカが日本にとって大きな恩人であることを知らない人が多いと聞いて残念に思っています。

 

太平洋戦争終結ののち1951年。サンフランシスコ講和会議において、日本を4分割統治する案が連合国軍側から出ます。

内容は北海道・東北=ソビエト、関東・中部・関西・沖縄=アメリカ、四国=中国、中国・九州=イギリス。首都である東京・大阪を共同統治というもの。わたしたちが今暮らしている日本とは違う日本が生まれていたのかもしれないのです。

 

この計画が覆されたのが当時のセイロン(スリランカ)代表J・R・ジャヤワルダナ スリランカ民主社会主義共和国大蔵大臣(のちに初代大統領)の言葉でした。

「憎悪は憎悪によって止むことはなく、愛によって止む」という仏陀の言葉を引用した議会での演説でその場の空気が変わりその案は却下となりました。終戦すぐのタイミングでソ連のスターリンがアメリカ大統領トルーマンへ分割占領を要求する書簡を送りトルーマンがそれをはねのけたという話しもありましたが、かの演説がサンフランシスコ講和会議において力を発揮したのも事実です。

 

演説を聞いて涙した吉田茂全権から始まって、日本は長きに渡ってスリランカの最大の資金援助国となりました。(現在でも2位)。スリランカの人はそれをよく知っていて、実際わたしがスリランカで市内を歩いていると「日本人?あそこの建物を見てごらん。あれは日本の資金援助で建ったんだよ。」と声をかけられ教えてもらった体験があります。日本のことをみなさんよく思ってくれているのです。

 

スリランカで焼き鳥を焼くことになって

実はわたし、ひと月ほどスリランカで焼き鳥を焼いていた経験があります。場所はコロンボの隣町、マウントラビニアというビーチリゾートの中級ホテルのダイニングでした。

もともとスリランカという国と食文化に興味があったこと、友人に気のいいスリランカ人がいること。そんなことも含めてご縁があり、現地レストランの和食メニューの構築とコックさんたちへの調理指導という仕事を引き受けてのひと月でした。これが大変に面白い体験でした。
簡単に記せば、すでに営業していたスリランカのローカルフードを扱うレストランを和食レストランへ業態変換させること。その構築と指導という内容で、逆に得るものもたくさんあった1ヶ月でした。

 

仕入れと食材探しの苦労

これがなかなか大変で、食材のルート探しから始まりました。鶏が生きたまま売っているのか、ブラジル産の便利な冷凍のやつがあるのか、それさえわからないまま市場で価格を調べて歩いたり。

お肉屋さんでフレッシュの半身のチキンが買えることがわかってここから各部位を切り出して使うことにしたのですが、そうするとやげんナンコツやぼんじりが手に入りません。つまりぼんじりもやげんナンコツも一羽につき1つしかとれないわけです。スリランカでは食べないので廃棄されてるっぽい。これではメニュに乗せられません。

 

日本の醤油は売っているのですが加工して使うには値段が高すぎるので仕方なく中国醤油でタレの試作をしたけれど、これがまったく思うような味にならなかったり。思う以上に苦戦の連続となりました。

 

野菜も大変でした。焼き鳥屋さんの野菜串、大事なメニューです。
まず、ししとうがありません。辛くない唐辛子の類がないのです。ししとうは人気の串なのでなんとか探したかったのですが、叶いませんでした。そのかわりにインゲンをカットしてししとう風の色合いを、と工夫をしたりしていました。

ナスにも困りました。ナスはあったんです。味もそのまんまでお値段も安くて。でもね、ピンクと白のシマシマなんですよ。写真を見てください。八百屋さんの棚の真ん中くらいにあるピンク色のもの。あれが近づいてみるとシマシマなんです。
和食としてなかなかこれはきびしい。ビジュアルも大事じゃないですか。本当に一生懸命探したんですが、見つからず。致し方ありません。

 

焼き鳥、苦労の末完成

さて、そんな中で工夫をして、こんなふうに仕上がりました。ちゃんと焼き鳥屋さんの串焼きのセットもののビジュアルになりました。
この写真、スリランカ、マウントラビニアで撮りました。日本じゃありません。わたしがゼロから作り上げたジャパニーズスタイル・焼き鳥、なんです。

 

見てください。緑の串はインゲン。少し油を落として塩を振ったらなかなかいいお味になりました。ナスは、わかるでしょうか。ピンクでシマシマです(笑)ネギマの塩とタレ。正肉の塩タレと野菜串。半月盆も日本から持っていきました。

そうやって必死の思いで焼鳥やてんぷらのメニューを現地の材料でひねり出しながらのひと月でした。

 

現地の食文化。スリランカのアメ横と鰹節

指導の仕事もありましたが街中での取材も欠かしませんでした。マーケットを歩くのは本当に面白かったです。

 

中でも面白かったのは乾物が置いてあるマーケット。小エビ、小魚、しらすサイズのもの、そして鰹節。スリランカには乾物の文化が根付いており、マーケットを歩いていると、その匂いとビジュアルで、値段表示のスリランカルピーを見なければここはアメ横か?という気分です。

 

お米と鰹節。面白いですね。どこか日本と食でもつながっているのです。
写真の料理、右上のカレー風のものは豆のココナッツ煮込みのパリップ。右下のたくさん盛ってあるのはポルサンボル。ココナッツや鰹節のビッツ、青唐辛子や赤玉ねぎなどを混ぜ合えた、いわば生ふりかけです。多くのスリランカの食事に添えられるものです。

実はスリランカに滞在中、30日間でしたが味噌汁の「み」の字も頭に浮かんでこなかったんですよ。日本食が恋しくなかったんです。自分で焼いている焼き鳥も特に何というわけではなく、商売もんですから食べたい欲求もやってきません。
朝昼晩と賄いのスリランカローカルフードを食べて、コックたちとケンカした日は(そういう時もあります)外でサンドイッチ買ってきたり、でもまったく味噌汁やお漬物のことを恋しく思わなかったんですよ。

 

これ、もしかするとスリランカの料理にはわりと鰹節が入っていたりしたからかもしれません。上の写真の料理のようにね。

 

体質の変化

スリランカでは色々なものを食べました。とはいえ基本は賄い。豆と野菜と米がひと月、主食となりました。結果、15キロほど痩せました。日本に帰ると妻が拍手喝采でした。いまでもちょっと太ると(いや、ずっと太ってるが)「スリランカに帰りなさい」と言われます。

 

新陳代謝が正常なら人のからだは約3ヶ月で新しく生まれ変わる、なんて話しがあります。それはともかく食習慣が否応無しに変わってしまったひと月というのは面白い体験でした。

 

シモの話で恐縮ですが、お通じが大きく変わりました。軟便が一切なくなったんです。なんというか、不思議な体験でした。つまりなにかというと「これ、紙いらないんじゃないか」ということ。お尻、よごれないんですよ(もちろん使ってたんですが)。

 

お通じと手でお尻を洗うこと

もちろん体調もあれば環境もあるから一概にはいえませんが、インド亜大陸周辺の人がお水を使って手でお尻を洗うという習慣があるのはなんだか納得できるんです。汚れないんですから。紙で拭き取るよりも清潔なんじゃないかと思います。なにしろお風呂に入るのと同じですもん。そう考えるとなんか合点がいくんですよ。

それで、日本に帰ってきてすぐにお腹を壊しました。
どうも体質の変化によってお肉の形をしたお肉(ハンバーグとかじゃなくて焼肉とか)を食べるとしばらくの間お腹をこわしていました。原因は定かではないですけれど、体験としてそんなだったんですよ。その時に気になってアーユルヴェーダのこととか調べたことがあります。

 

そうそう、帰り際、そんな賄いのローカルフードを食べるひと月を終えて、空港のスポーツバーで飛行機に乗る前にひと月ぶりのジャンク的なもの、ラザニアを食べたんですよ。すごかったです。なんというか人工的な味がヒリヒリする感じで。
イヤではなかったんですよ。ただ、面白かった。人の舌の感覚や体っていうのは食べ物に支えられているんだなって強く感じました。

 

環境と食が理由で変わる体質

その土地の環境、例えばこの時は4月のスリランカで一番暑い時期。その土地の食べ物、例えばスリランカ、マウントラビニアのホテルで働くローカルの若い子が作る豆と野菜の食事。毎日の立ち仕事とエアコンのない部屋での就寝。そんな環境のトータルで体質が変わったというお話し。

食べるものの種類が大切で(あまりいじらない、肉極少なく繊維質と植物性タンパク中心)、汗をかくことが大切で(新陳代謝の向上)、自然な眠り(適度に体を動かして毎日汗をかいて正しく疲れて眠くなる)、そういうものの大切さとそれらトータルがフィジカルなよい変化につながりました。

 

生活環境と食文化の違いと環境の差異のなか、体の変化を日々大きく感じられるという体験はなかなか簡単にはできないと思うので、いまでも貴重な体験として大事に思っています。

 

やはり食が人の身体を作っているのです。当たり前ですが、リアルに実感しました。

この記事の著者のプロフィール

飯塚敦/はぴい

フードジャーナリスト

食をテーマとしたライフスタイルブログ「カレーですよ。」に国内外のカレー実食レポート5000記事超の掲載。月刊誌にてカレー取材記事連載中。連載期間10年目は国内随一。TV、ラジオ、雑誌等メディア出演多数。著書に「カレーの本」「iPhone x Movieスタイル」等。はぴいオフィシャルサイトHP➡https://hapi3.net/

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