インドのお弁当箱とコミュニケーション

2020.12.21

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こんにちは。フードジャーナリストの飯塚 敦と申します。このたびこのみる研究所で記事を書かせていただくこととなりました。どうぞよろしくお願いします。

 

わたしはフードジャーナリストという肩書きと共に、カレーライターという名前も使っています。日本人の好きなカレーという食べ物を中心に据え、それを通して他のそれ色々な食べ物のこと、地域と食べ物の関係、世界の食べ物の流通などを見て、書いて、皆さんに読んでもらっています。

インドのお弁当箱

カレーとくればインド。今日はインドのお弁当箱のお話をしようと思います。
インドのお弁当箱というのがあります。これがなかなかおもしろい、味わいあるものなのです。

インドのお弁当箱は「ダッバー」と呼ばれています。お弁当そのものの意味としても使われます。

形はだいたい円筒形か円錐形、2段、3段、4段と用途や持ち主の好みによっていろいろなサイズがあります。たとえばステンレス製のお重のようなもの、と考えるとわかりやすいかもしれません。お重と違うのは密閉性とハンドルでしょうか。どの器もひとつひとつの段の上に同じくステンレス製の蓋がついていて、パッキンが入っているわけではないのですが結構な密閉性があります。そしてハンドル。各段をひとまとめに重ねて固定できるフレームにハンドルがついたもの。各コンパートメントとこのフレームでインドのお弁当箱、ダッバーは構成されています。
インドのお父さんたちはこれをもって出勤、、ではないのです。ムンバイでは。

ムンバイのダッバーワーラー

インド、ムンバイにはとてもおもしろいビジネスがあります。「ダッバーワーラー」というものです。お弁当の配達ビジネスです。

各家庭に集配担当がお弁当を集めて回ってそれを職場のお父さんに届けるサービスです。5000人の人がそのビジネスに従事しており、175000個の弁当箱が毎日運ばれているそうです。
なぜ自分で持っていかないの?おかあさんが寝坊するから?違うんです。インドという国の特殊な事情と環境でこういうビジネスが成り立っているんです。

 

まずひとつ目。

 

始まりは英国の植民時代。イギリス企業がインド、ムンバイに会社を作ってインドの人たちが働いていましたが、そこで出てくるイギリス式の食事が合わなかったのです。

 

ふたつ目。

 

インドにはなくなったとは言えいまだに影を落とすカーストというものがあります。クラスが違う人の作った食事は食べられない。そういうものがまだ少し残っています。それと宗教が違うと食べられるものも違う。これも大きいですね。それで、自分のお母さん、奥さんが作った料理が一番安心、ということになるわけです。

もうひとつ。

 

インドは暑い。暑いんです。インフラ、環境の問題でお弁当が痛みやすい。なので食べるまでの時間をなるべく短く、出来立てを食べたいというわけです。
こんなふうな理由でこのお弁当箱は使われています。インド映画の「めぐり逢わせのお弁当」という映画があります。お弁当配達の「ダッバーワーラー」の配達間違いから知らない人同士のコミュニケーションが始まる物語です。とてもいい映画で面白いので見るといいですよ。

日本でインドのお弁当箱を使ったらこうなった。

さて、わたしたちが日本で使うならどうしましょうか、インドのお弁当箱。

インドのお弁当箱はステンレスのお重みたいなもの。いろいろなおかずを作って詰めるのも楽しいです。それこそ自分でインド料理を作るのもいいですよね。
逆に考えると、インドのお弁当箱をインド料理店やいろいろなお店に持っていってちょっとうまく伝えると、お花見弁当インド版みたいのが出来上がってくることもあるわけです。これ、楽しいんですよ。

 

わたしの持っている三段のインド弁当箱に料理を詰めてもらって持って帰って、テーブルでそのままバラして並べると、もうそれだけで華やかな食卓が出来上がるのです。まさにこれ、お重の感覚です。

 

実に面白いのですが、お店でこのお弁当箱を見せるとなぜかコックさんたちが奮起するんですよ。「これに弁当を詰めてよ」と伝えると、インド人のホール担当もコックたちも皆ニコニコと破顔するんです。それで、持って帰って蓋を開けると注文したものより多く入ってたり盛り付け凝っていたりおかずが一品多かったりすることもままあるわけです。

 

なぜ日本人が自分の国の懐かしい弁当箱なぞ持ってるんだ?と思うんじゃないかしら。僕らの国の料理が好きなの?そうなんでしょう?と伝わって、それがサービスにつながったりするのではないでしょうか。こういうのはとてもうれしい。サービスが嬉しいんじゃなくて、おかずが1品増えたから嬉しいんじゃなくて、気持ちを伝えてくれるのが嬉しいのです。

お弁当箱とコミュニケーション。

実はこれは始まりなのです。

もうすでに次のコミュニケーションが待っているのです。

 

まずお弁当を詰めてもらったこの日は、彼らに自国の弁当箱を持って買い物に来る変な客として顔を覚えてもらえました。ちょっとサービスをしてもらったりおしゃべりをしたりして楽しかったわけです。そうすると、それが嬉しくて、じゃあまたお店に行くか、とまたこのお弁当箱を持ってお店を訪れるわけです。今度は席で食べてもいいですね。こんな楽しいサイクルがインドの弁当箱を中心に生まれるんですよ。

 

今度行ったときに「あのときの揚げ物はなんという名前なの?豆は何を使っていたの?」なんていう会話ができるかもしれません。これって旅と同じ感覚なんじゃないかな、と思います。

旅で記憶に残るもの。

モンサンミッシェルもエアーズロックも素晴らしかったけど、実は一番記憶に残ってることって人だったり食べ物だったりします。

ロンドンのカフェで眺めのよい席をすすめてくれたウェイターさんとの会話とか、バンコクの屋台でメニューが読めなくておろおろしていたらおばさんが手招きしてくれて指さしで料理を薦めてくれたり身振りで辛くないものを教えてくれたり。そういうものこそ旅の核心だと感じます。

 

そしてあなたの町のインドレストランでのお弁当箱を介したコミュニケーション体験は旅のエッセンスそのものなのではないか、と思うのです。

 

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お弁当箱は「ダッバー」「インド弁当箱」で検索すると売っているところが出てきますよ。日本でも意外と簡単に手に入ります。

この記事の著者のプロフィール

飯塚敦/はぴい

フードジャーナリスト

食をテーマとしたライフスタイルブログ「カレーですよ。」に国内外のカレー実食レポート5000記事超の掲載。月刊誌にてカレー取材記事連載中。連載期間10年目は国内随一。TV、ラジオ、雑誌等メディア出演多数。著書に「カレーの本」「iPhone x Movieスタイル」等。はぴいオフィシャルサイトHP➡https://hapi3.net/

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