海風育ちの冬レタス 館山『かんべレタス』

2020.12.26

こんにちは千葉県房州地区の食べる担当「おかじ」です。
千葉県の房総半島(館山市)に移住して、地域の食についてレポートしています。
一年を通して一日も欠かすことなく必要とされている、食卓に欠かせない野菜、レタス。
館山の温暖な気候で冬に栽培している「神戸レタス」を紹介します。
 

神戸レタスは、日本初の冬レタス?

日本でレタスが栽培されるきっかけになったのは、第二次大戦後の進駐軍だと言われています。
館山は終戦後初めて進駐軍が上陸した土地であったということをご存じですか?東京湾の入口にある館山は、海路における首都防衛の最後の砦、軍事戦略上非常に重要な東京湾要塞司令部があった場所です。そのため、多くは取り壊されてしまっていながらも、今でもたくさんの砲台跡地や防空壕などが残っています。
終戦直後に真っ先にアメリカ兵が上陸した土地であり、本州で唯一直接軍政が敷かれ、多くの進駐軍が出入りしたこの館山で、西洋野菜が作られないわけがありません。また、関東圏でも比較的温暖で砂地の土壌をもつ館山は、高原レタスとは特徴の異なる良質な冬レタスを栽培できる絶好の環境にありました。こうした経緯があって、館山が日本で一番早く冬レタスを作り始めたと言われているわけです。

 


 

館山自慢のレタスの産地、神戸地区。

館山の市街地から車で約15分。
海にほど近い、潮風を感じる見晴らしの良い場所。冬レタスのトップブランド「かんべレタス」は、おだやかな潮風で育まれる。おいしいレタスは土壌の良さが決め手です。
レタスはあぜ道に咲いているタンポポと同じキク科。キク科のレタスは、水はけの良い神戸地区のような砂地を好みます。
神戸地区は、数ある冬レタス産地の中でも海に最も近い場所にあり、ミネラルを多く含んだ砂混じりの土地はレタス作りに適していました。さらに海から吹く冷涼な潮風がレタス畑の風通しを良くし、生育を促してくれるのです。


 

夏場の米作りで土壌を保つ

土地は同じ作物を作り続けると痩せていき、作物の出来が悪くなります。連作障害と言われ、農家は定期的に違う作物を植えて防いでいます。
神戸地域では、冬はレタス、夏には米を作っていて、近くを流れる黒潮の影響で、温暖な館山の気候は冬場の農作物作りに適しています。レタスには暑すぎる夏場は、稲作のために水を張り、水田にします。水を張ると水はレタス作りに不要なものを洗い流してくれ、水にはミネラルが含まれているので、レタス作りに必要なミネラル分を補ってくれます。それにイネ科とキク科の植物というのは相性がいいので、連作障害対策としてはベストな組み合わせで、思った以上に昔から食べられていました。紀元前6世紀頃から、地中海を中心とした西アジアまでの地域に、現在のレタスの原種となる植物が流通しており、ペルシア王の食卓にもレタスが登場していたという話が伝わっています。レタスは東西に広がり、平安時代に中国経由で日本にも伝わってきました。今と違い、「ちしゃ」と呼ばれた昔のレタスは、下の葉っぱを摘み取って使うものでした。

 

農薬を使わない害虫対策「防蛾灯」

レタス栽培で最大の天敵は、「オオタバコガ」と呼ばれる蛾の幼虫です。彼らは1つの結球に1~2個の卵を産むのですが、孵化した幼虫は結球の内部まで侵入し、レタスを食べ尽くしてしまうそうです。実際にこの蛾を防ぐために、農薬を使った防虫対策やフェロモン剤にて誘引することによる捕殺も行われてきたそうですが、効果が年々薄れてきていることや、安西さんの述べる「レタス自身の生命力」を大事にする視点から新たな試みに踏み込むことになりました。オオタバコガは夜に卵を産み付けるのですが、防蛾灯の黄色い光は、彼らが昼を感知する光の周波を出しており、夜を昼と勘違いさせることができます。そのため、農薬や様々な防虫剤を用いずに蛾の侵入を防ぐことができるのです。

 

レタスは美容と健康の味方

レタスは、成分のほとんどが水分でできている野菜です。お通じを良くしてくれる食物繊維はもちろん、カロチン、ビタミンC・E、カリウム等の栄養成分をバランスよく含み、美容効果や老化を防ぐ効果がある野菜だと言われています。レタスが、多くの女性に愛されてやまない理由が良く分かりますね。館山の冬は黒潮の影響を受けて温暖なため、レタス作りにはぴったり。この地の利を活かした館山市神戸地区は、レタス栽培に力を入れ、中央卸売市場での品評会でも上位に名を連ねるおいしいレタス作りに成功しました。神戸地区は国の野菜指定産地として認定されています。

この記事の著者のプロフィール

おかじ

鹿児島で営業職を10年ほど勤務の後、デザイナーを目指して2006年に上京。 広告デザインや宣伝広報の企画・制作・ブランディングに従事。 中でも映像制作ディレクターとして活動するうちに映像の面白さに惹かれ、2012年に映像制作会社に転職。 そこで新しく社内でデジタルサイネージのインタラクティブ部門を立ち上げ3年間かけて多くのコンテンツを開発し、世に送り出しました。 2018年3月、房総半島を起点に映像制作を中心としたフリーランスとして独立。 「映像をもっと気軽に。」をコンセプトに、映像制作やグラフィックの制作活動はもちろんのこと、自ら運営管理する地域密着のローカル動画共有サイト『房TUBE』を運営しながら、館山市の食の魅力を伝える地域おこし協力隊として活躍中。

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